JOURNAL
PROJECTインタビュー
ブランディング 事例インタビュー 株式会社安曇野ミネラルウォーター様「mine」「はつそら」
安曇野の水の価値を切り拓く、ブランドデザインの軌跡〈前編〉

- CLIENT
- 株式会社 安曇野ミネラルウォーター 様
- MEMBER
- 安曇野ミネラルウォーター 新井社長
シュンビン株式会社 笠井永充(アートディレクター)
- AREA
- 長野県
はじめに
安曇野の豊かな水資源を活かし、様々なブランドを手がける安曇野ミネラルウォーター様。 私たちは、新井社長と共に根底にある「水の価値」と「ブランドの未来」に対する想いに迫りました。 デザインが中小企業にもたらす可能性とは? 単なる「見た目」に留まらない、人々の心に深く響く「希望の星」となるブランド創造の真髄をぜひこの記事から感じていただけますと幸いです。
第一章:「ミネラルウォーターで日本酒を造る」前例なき挑戦
- ―まず、日本酒プロジェクトが立ち上がった経緯からお聞かせください。
- 新井社長:
- 会社設立10周年を機に、「水の価値をもっと広く、高く伝えたい」と模索したのが始まりです。水を大量に使う商品は何かと考え、行き着いたのが日本酒でした。製造工程のほとんどが水で構成される、まさに「水まみれの商品」。この安曇野の水を使えば、唯一無二の日本酒が造れるはずだと。
ただ、私たちの想いに共感し、安曇野の水を持ち込んで酒造りを引き受けてくださる酒蔵探しは、想像以上に困難でした。歴史ある酒蔵にとって水は命であり、よその水を使うのは「ご法度」で、前例がないこと。そんな中、京都・伏見の招徳酒造様が「これを機に、私たちも伏見の水と改めて向き合いたい」と前向きに挑戦してくださった。この出会いがなければ、プロジェクトは始まりませんでした。
- ―その過程で、私たちシュンビンにご依頼いただいた決め手は何だったのでしょうか。
- 新井社長:
- 市場で「水が安すぎる」ことに、ずっと憤りに近い感情がありました。だからこそ、この日本酒では水の価値を価格にきちんと反映させたかった。そのためには、その価値を伝える「デザイン」が不可欠だと。社内にノウハウはなかったので、招徳酒造様からシュンビンさんをご紹介いただいたのは、まさに渡りに船でした。
- ―笠井さんは、この前例のない挑戦に、どんな印象を?
- 笠井:
- 「ミネラルウォーターで造る日本酒」というコンセプトの衝撃は大きかったですね。純粋に「飲んでみたい」と思いましたし、何より「水の価値を本気で上げたいんだ」という新井社長の熱い想いと行動力に、これはとてつもないプロジェクトになるぞ、と直感しました。

魂を絞り出す25時間。ブランドの核を見つける旅
- ―実際のブランディング作業はいかがでしたか?
- 新井社長:
- シュンビンさんとのワークショップは、合計で25時間にも及びました。まさに合宿さながらの熱量で、自分たちの想いや考えをこれでもかというほど絞り出していく。そのプロセスを通じて、「ブランディングとはこうやって創り上げるのか」と、自社の魂と向き合う濃密な時間を体験しました。シュンビンさんのフレームワークの中で、自社の強みや業界を多角的に分析できたことで、お酒を捉える視点が養われたことも大きな収穫です。
- ―経営者の想いを引き出す上で、何を大切にしていますか?
- 笠井:
- 表面的な言葉の奥にある「本音」に触れることです。「なぜ、そのビジョンを掲げるのか」という根源にある想いや原体験を丁寧に掘り起こし、その企業ならではの「らしさ」をデザインに翻訳していく。あえて抽象的な問いを投げかけ、無意識の価値観を引き出すこともあります。そうやって見つけ出した本質的な輝きを形にすることが、私たちの役割だと考えています。
「これ以上ない」確信に満ちたネーミングとデザイン
- ―そうして生まれたのが「mine(ミネ)」ですね。
- 笠井:
- このお酒の根幹である「水の価値」を直感的に伝えることを目指しました。リサーチを重ねるうちに、水面の揺らぎが、連なる山の稜線に見えてきたんです。安曇野のシンボルである北アルプスの雄大さと、命の源である水の有機的なフォルム。この二つを融合させ、安曇野の壮大な自然そのものを表現しました。一般的な日本酒とは一線を画す横長のラベルでパノラマ感を演出し、特殊なホログラム箔で水のきらめきを表現するなど、細部まで水の価値を最大化することにこだわっています。
- ―新井社長は、初めて「mine」のネーミングとデザインをご覧になった時、いかがでしたか?
- 新井社長:
- ネーミングは本当に生みの苦しみがありました。そんな中、笠井さんが提案してくれたのが「mine」でした。北アルプスの「峰」、日本酒の「最高峰」を目指す想い、そして手にした人が「私のもの(mine)」として愛せるように、という三つの意味を聞いて鳥肌が立ちました。私たちの想いが凝縮されている。これ以上ない名前だと。
デザイン案を見た時も「とんでもないものが来たな」と衝撃を受けました。ワークショップで共有した漠然とした想いが、完璧な形で目の前に現れた感覚です。「これはいける」。それは確信でしたね。実際に飲食店様からも「この瓶が欲しい」「どこに出しても恥ずかしくない」と、デザインを絶賛いただいています。

- ―今後の「mine」の展開についてお聞かせください。
- 新井社長:
- 新参者は新参者らしく、まずは飲食店様で飲んでいただく「面取り(認知獲得)」を最優先に進めています。SNSなどでの「空中戦」より、一軒一軒お店を回る地道な「地上戦」が結果に繋がると分かりました。今後は日本食などの「和」の業態と、ホテルや旅館といったアッパー層向けにターゲットを絞り、私たちの「mine」のファンを増やしていきたいと考えています。


第二章:会社の顔を刷新するリブランディングへの決意
- ―次に、創業以来の主力商品であるミネラルウォーターのリブランディングについて伺います。
- 新井社長:
- 当社の売上の約6割はPB商品ですが、「安曇野の資源の価値を世界に広め、希望の星となる」という使命を実現するには、自社の看板であるナショナルブランド(NB)を強くする必要がありました。創業以来のNB品は愛着がありましたが、ネットでは「価格のわりに美味しい」という声が多く、「もっと大事に飲んでほしい」という葛藤が常にありました。そんな折に第二工場の建設が決まり、このタイミングでリブランディングに踏み切ったのです。
安曇野の水の素晴らしさをもっと表現したい。そう考えた時、頭に浮かんだのは「mine」でのブランドデザイン体験から、シュンビンさんしかいませんでした。
- ―実際に安曇野の自然に触れ、デザインの着想を得たそうですね。
- 笠井:
- はい。新井社長にご案内いただき、わさび農園で絶え間なく水が湧き続ける光景を目の当たりにしました。足元から飲める水が湧く環境は世界的に見ても極めて稀有で、その神秘的な美しさは想像を遥かに超えるものでした。この清らかな水の価値を、ありのままに伝えたい。それがデザインの原点になりました。

視点は”地下”から”空”へ。社員の想いが結実した「はつそら」
- ―新しいNB品「はつそら」は、社員の皆さんのアイデアから生まれた名前だそうですね。
- 新井社長:
- ネーミングは「mine」以上に難航しました。私は水の源である「地下」にばかり目が行きがちでしたが、最終的に選ばれたのは、社員が出してくれた「はつそら」でした。澄み切った元日の初空のように、清々しい気持ちを届ける水。その「上」を見る視点の転換にはっとさせられました。
- ―「はつそら」のデザインは、どのように生まれたのでしょうか。
- 笠井:
- 市場に溢れるミネラルウォーターのデザインとの差別化を図りつつ、「安曇野そのもの」を表現することを目指しました。そして辿り着いたのが、北アルプスの山並み、わさび田の水車、道祖神など、安曇野の風土や文化を象徴する8つのモチーフをアイコン化し、パターンとして展開するデザインです。これらは単なるイラストではなく、それぞれが商品の特徴やお客様へのベネフィットを表現するダブルミーニングになっています。

- ―完成したデザインをご覧になって、いかがでしたか。
- 新井社長:
- 8つのマークを見た瞬間、「よく分かってくれている」と。私は以前から、水のラベルに多い「青・山・地名」といった定型的なデザインに、少し物足りなさを感じていました。水そのものへの敬意や個性がデザインから伝わってこないことが、かえってその価値を十分に表現しきれていないように思えたからです。「はつそら」は、お客様がストーリーを想像できる余地がある。全てを説明しすぎない、そのさじ加減が上手いなと感心しました。
- ―新しい工場で「はつそら」が完成した時の気持ちは、格別だったのではないでしょうか。
- 新井社長:
- 「嬉しい」と同時に、「いよいよ始まったな」と身が引き締まる思いでした。そして何より大きな変化は、社内で起きました。それまで単に「NB」と呼ばれていた製品が、今では誰もが自然に「はつそら」と名前で呼ぶようになったんです。これはブランドが社内に根付き、自分たちの仕事への誇りが生まれた証拠。デザインがもたらした、数字には表れない最も大きな成果かもしれません。

- ―「はつそら」の今後の展望をお聞かせください。
- 新井社長:
- 価格への努力はもちろん続けます。その上で、「はつそら」が持つ「安曇野の豊かな水で満たす、私のココロとカラダ」という価値を大切にしていきたい。この水を飲んだ時に、『何か、違う』と感じてほしい。品質はもちろん、デザインを眺めながら飲む一杯が、ほんの少しでもお客様の心に安らぎをもたらせたら。そうして価値を認めていただき、自然な形で広がっていくことを願っています。

まとめ
「安曇野の資源の価値を世界に広め、縁ある人々の希望の星となる」
安曇野ミネラルウォーター様が掲げるこのパーパスは、日本酒「mine」、そしてミネラルウォーター「はつそら」という二つのブランドを通じて、力強いリアリティを獲得しました。
この挑戦は、デザインを単なる見た目の問題ではなく、経営戦略の核に据えることで、事業に新たな価値と推進力を与えられることを証明しています。それは、顧客の心を掴むだけでなく、社員のモチベーションを高め、企業の採用競争力にまで繋がっていきます。
後編では、コーポレートロゴの刷新に込められた想いや、経営者がデザインと向き合うことの本当の意味、そしてブランドデザインがもたらす企業の未来について、さらに深く掘り下げていきます。
- 株式会社 安曇野ミネラルウォーター:https://azumino-mineralwater.co.jp/
- WORKS「mine」: https://www.shun-bin.com/works/works13/
- WORKS「はつそら」:https://www.shun-bin.com/works/works37/
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