PRESIDENT BLOG

2023.03.06 シュンビンのこと

SDGs認証について

京都銀行のSDGs審査サポートということで認証をもらいました。特に、SDGsとあらためていうわけでもなく社会貢献は当たり前と思っていたのですが、お付き合いもあって、悪いことではないので認証を受けました。

今、ミレニアム世代の労働人口が50%で2040年には75%になるらしいですね。その年代の方は、社会貢献に関心があり、なんと、給与が下がっても、社会貢献を感じられる会社で働きたいという方が半分もいるらしいです。次のZ世代も、これに関しては同じような傾向ですので、ますます、企業がどういう社会的責任を担っていくのかは大事になってくると思います。

それで、シュンビンが、SDGsのどこで認証されたかを少し長くなりますが、参考までに下記します。

①中小企業の企画部を代行する
お客様の良きパートナーとして具体的解決策を提案し、事業の発展に貢献してまいります。
・中小企業のブランディング支援を通じた地域創生への貢献
・インターネット、ITを通じた中小企業のイノベーションの支援
②全社員の物心両面の幸福
働きやすい職場環境づくりを通じて、全社員の物心両面の幸福を追求してまいります
・ワークライフバランスの推進
・在宅勤務やフレックスタイム勤務など柔軟な勤務形態の整備
・役割や能力に応じた人材育成の実施
③エコロジーとエコノミーを大切に
事業活動を通じて環境負荷の低減に努め、持続可能な社会の実現に貢献してまいります。
・包装資材の軽量化など環境に配慮した製品・サービスの提供
・太陽光パネルやエコカー、LEDなど環境に配慮した設備の購入
・ペーパレス化の推進

ミレニアム世代が社会貢献に感度が高いと言いましたが、私、その上の世代なんですが、恐らく、元々、社会貢献についての意義とかがないとモチベーションが上がらないタイプなんだと思います。それは、18歳のときに、会社を継ぐかどうかを迷っていて、司馬遼太郎さんの「竜馬がゆく」を読んで感動して、人間というのは世のため人のために尽くすことに意義があるのかなと感じ、であれば、経営者というのは、良い仕事なんじゃないかと思えたんですね。

それから28歳で衰退事業の父が経営するびんの洗浄業の会社に入ったんですが、その経営課題を解決するために当時リサイクルやダイオキシンなどで高まっていた環境問題を解決する事業として活路を見出そうとしたんですね。環境問題の勉強も猛烈にして、環境のNGOとかとも、積極的に交流したりしました。

でも、その間、今思えば、無為な時間を過ごしてしまい、35歳で父が亡くなると同時に、決定的な外部環境の変化、びんが紙パックに変わったことで、窮地に追い込まれ結果的には、工場を閉鎖して、人を解雇してしまった経験をしています。それで、わかったんですね。当時の自分が望まれていたのは環境問題でなく、社員を守ることだったんだなと。

なぜ、私たちが、この社会貢献か?というために少し説明が遠回しになったんですが、それで、過去の教訓から今思うことですが、社会貢献というのは遠いところにあるのではないということです。目の前の社員や顧客に貢献しようという延長線に、その会社がすべき、社会貢献というのが見えてきます。

環境問題、社会問題は、政治的な主張と混ざってしまってヒステリックになる場合が多いような気がします。また、当時社会通念として正しいことも、学者さんがいうことって結構変わるんだなということも経験しています。例えば、私が環境問題を勉強していた時はダイオキシンとか環境ホルモンとかが、もう、人の生死にかかわるような勢いで論じられていました。今、それを話題にする人もあまりいないですよね。

最近ですと、コロナもそうですね。学者さんの話を真に受けて、最初は接触を徹底して避けていましたし、密も避けていましたが、それに関係なく、増えたり減ったりしているようにも見えます。CO2も、人間の活動によって増えているというのは、まだ100%解明されていないと思います。学者の意見も、賛成反対、両方の意見を聞くというのが社会問題としては冷静な判断ができるんかなと思います。(これは、だからといってCO2をだしていいということではありません)

そういう意味では、自分の身近な、社員のため、顧客のためとしていって、なおかつ、事業活動の中で環境に配慮したものにしたいということが、上のようなSDGsの宣言の結果につながっていると思っています。

特に、人間が進化についてチャレンジするというのはどのように時代が変わろうと、絶対真理であるというのを自分は確信していますし、それが、社員ひとりひとり、すべての顧客にとっても、その人たちの幸せと社会貢献とつながっていると信じています。

また、シュンビンの歩みからも、シュンビンの社会貢献として自然であると同時に、このような人生を私が歩ませていただいたので、私自身の天命だとも思っています。